1.物流業界を取巻く課題

 現在の物流業界では「庫内作業者の不足」や「トラックドライバーの高齢化」、「長時間労働の常態化」など社会全体の労働人口減少に伴う課題だけでなく、「再配達の増加」や「ECビジネスへの対応」、「物流サービス競争の激化」など業界特有の課題も多くなってきている。特に、事務用品通販大手で発生した大規模火災は、商品を取扱うすべての企業に対して「物流におけるBCP(事業継続計画)対策」の問題提起となったのは記憶に新しい。
 「物流におけるBCP対策」とは「安定的に商品の供給を継続すること」への対策と言い換えることができる。物流センターを保有・運営している企業では安定稼働を続けることがマストであり、センターにマテハン設備を導入している場合には設備が持っている能力を維持し続けることが必須条件となる。消費者ニーズの多様化やECビジネスの拡大に伴ってより高度なマテハン設備の開発・導入が進められているが、その設備が持っている能力を十分に発揮させることができなれば事業そのものへのダメージは計り知れない。

2.設備の稼働率低下に伴うリスク

 2017年2月に事務用品通販大手で発生した火災は物流業界のみならず日本中に大きな衝撃を与えた。この火災により物流センターでは長期間の稼働停止を余儀なくされた。
 火災の原因やその対策がクローズアップされているが、物流センターの稼働率低下(最悪の場合は稼働停止)のリスクは火災によるものだけではない。マテハン設備を導入している企業であれば、設備の故障やオペレーションミスによる稼働率低下のリスクを常に抱えていることを忘れてはならない。もっとも、「コンベヤが停止した」、「庫内LANの通信ができない」など日々多くのトラブルが頻発して、忘れるどころか日常的に悩まされている企業も少なくないのではないか。
 また、発生時点では小さいトラブルかもしれないが、そのトラブルが積み重なることで近い将来にセンターの稼働率を著しく低下させる可能性があることも常に意識しておく必要がある。先の会社のように複数の大規模な物流センターを持っている場合でも、今なお100%の原状復帰には至っていないようである。

3.マテハン設備の変遷と企業の対応

 ここで、本題に入る前にマテハン設備の変遷について少しだけ触れておきたい。
 日本の高度経済成長による消費の拡大を受けて、1970年初頭の物流センターではより多くの製・商品を一度に保管・出荷できるマテハン設備の導入が進められた。この時代では主に「小品種・多数量」に対応するため、単純作業の機械化や保管物量の増大を計って仕分けソーターや自動倉庫などの大型のマテハン設備が多く導入された。
 1980年代に入ると、消費者の多様化する細かなニーズ「多品種・小ロット」に追随してマテハン設備の高度化が進められた。特に、デジタル・ピッキングシステムの誕生は、従来の出荷伝票やピッキングリストを使用した出庫作業に対して生産性や正確性を大幅に向上させ、必要なものを必要なタイミングで納品する「JIT納品」の重要課題であったリードタイムの短縮にも大きく貢献した。現在ではさらに細分化しているニーズに対応するためだけでなく、物流において新たな価値を付加するため各マテハンメーカーが日進月歩で技術革新を進めている。
 こうした消費者ニーズの変化や物流競争の激化・人手不足に伴って、企業は従来のマテハン設備だけでは競争を勝ち抜くことが厳しくなってきている。物流拠点の統廃合や新センターの設立、導入設備の大幅更新を計画する事例が増えているのはこういった背景がある。しかしながら、前述の計画を実行するには莫大な費用と時間が必要なのは言うまでもなく、可能な限り既存設備を活用して競争を勝ち抜いていきたいと考える現実的な選択肢もある。ところが、その中核を担うマテハン設備が悲鳴をあげている例が少なくない。

4.マテハン設備の構成と更新サイクル

 マテハン設備は大きく情報系、制御系、機械系の3要素で構成されている。

(図表.1)マテハン設備の構成要素

 情報系とは制御系に指図する情報をまとめる役割を担っており、主に上位システムからの指示をサーバーやパソコンなどを介して制御系へ伝達する。インバーターやリミットスイッチなどと繋がる制御系は、具体的にどのように動かすのかを情報系からの指示を変換して機械系に伝える。機械系とは設備そのものであり、搬送コンベヤであればモーターやローラー、ベルトなどがこれにあたる。機械系は制御系の指示により設備を作動させ、情報系がこの実績データを収集して上位システムにフィードバックする。
 このように、情報系、制御系、機械系は三位一体の関係であるため、どれかが欠けたとしても設備を正常に動かすことはできない。また、マテハン設備は家電や自動車などと同じく色々な部品で構成された集合体であるため、ある一定のサイクルでリニューアル(=更新)をする必要がある。

(図表.2)トラブル発生率と更新サイクル

 情報系はさらに細かくハード系とソフト系に分類される。パソコンなどのハード系は、保証期間やOSのサポート対応終了タイミングによって導入後6~7年頃に更新時期を迎える。ソフト系についてはニーズに対応した細かな更新が求められるが、実際のところ機械系が変わらない限り大きく変えることはないため、事業ドメインの変更など経営規模の大きな分岐点を迎えた場合は機械系の更新や追加を計画することになる。
 制御系は部品の生産中止や保証期間の終了時期に合わせて、設備の導入から10年前後で更新を行うことになる。この時期には制御系のトラブルが増加することが想定をされるため、できるだけ早期に更新計画を立案・実行していくことが安定稼働に直結する。(図表.2 トラブル発生率と更新サイクルを参照)
 機械系は導入から3年程度が経過してくると油脂やバッテリーなどの消耗部品の経年劣化が発生するため、その都度、部品交換を繰り返していくことになる。導入から10年を超えてくると消耗部品だけでなく機械そのもののトラブルも多くなることや、前述の消費者ニーズ変化への対応により設備更新を検討することが多い。
 さらに、稼働開始から20年程度が経過すると、原因がすぐに特定できないトラブルへの対応や長期間の稼働率低下を防ぐための予備品確保が難しくなり保守費用も嵩むことになる。このような問題が多発してきた場合は、部分更新ではなく全面改修を検討することになる。全面改修の先進的な事例は後ほど紹介したい。
 これらの更新サイクルは導入した設備の種類や稼働時間、使用環境により多少の違いがあるが基本的な流れは変わらない。この更新サイクルを適正に見極めて可能な限り長く使い続けるためには、継続的なPM(Preventive Maintenance=予防保守)を実施することが求められる。

5.継続的な保守業務の重要性

 マテハン設備の法定耐用年数は12年とされているが、定期的な保守業務を継続することで法定耐用年数を超えて安定稼働を続けている設備も多く存在する。言い換えれば、保守業務による消耗部品の交換や制御系の更新などを怠ればその分だけ稼働率低下のリスクを高めることになり、結果として設備の寿命を短くするということに繋がる。
 一般的にマテハン設備の保守業務を適正に実施するためには年間で導入費用の約1.5~2.5%程度が必要とされている(消耗部品の交換を含む)。10億円の設備投資であれば、保守業務に掛かる費用は年額で約2千万円前後となる。非常に大きな金額に聞こえるかもしれないが、稼働率低下時の企業に与える損失や適正な保守業務による更新設備の最小化、更新サイクルの延長を考えれば決して高い金額ではない。
 但し、ここでひとつ注意をして頂きたいのは、保守業務とはトラブル発生を最小限に抑えるための予防保全という観点からのアプローチであるため、いくら費用を掛けたとしても設備故障がゼロにはならないということである。また、設備の基本的な能力が向上するわけでもないため費用を掛けにくい対象ではあることに間違いない。中長期の広い視点と、前述のトラブル発生時の事業への影響や更新コストの削減なども勘案した上での経営的な判断が大事になる。

(後編へつづく)